密かに語られるアニメ「ポケットモンスター」幻の最終回
今日、誕生からおよそ20年が過ぎた今もなお、日本のみならず世界中から愛されているポケットモンスター。
1997年にスタートしたTVアニメ「ポケットモンスター」でシリーズの構成を最初に務めたのが、他でもない首藤剛志さん。
アニメ版『ポケットモンスター』(無印)において実は最終回のプロットが作り上げられていたという事実はご存じだろうか。
当時シリーズ構成だった首藤剛志氏が、WEBアニメスタイルのコラムでその存在を発表した。
とても衝撃的な内容であるが、その中には製作者が子供たちへ向けた特別なメッセージが込められている。
初代アニメ『ポケットモンスター』のテーマとは
テーマは『ポケモンと人間は本当に共存しえるか』。
出典 【ピクシブ百科事典】
ポケモンアニメのキャラクターたちからは、「自己存在」というテーマが見えてくる
出典 エキサイトニュース
「自己存在を失わない」者は、「他者との共存」を選択できるんじゃないか。これもまた、首藤さんがポケモンシリーズに込めた想いの一つでもある。
出典 エキサイトニュース
元々、首藤氏は少年アニメにおける「勝利にこだわること」に対して懐疑的であった。
出典 【ピクシブ百科事典】
そのため、勝利にこだわるような作品にはしたくなかったという思いもあり、それに代わって、『スタンド・バイ・ミー』のような『『ポケモン』の世界を、サトシ(ひいては視聴者)の少年時代へのノスタルジーにしたい』『子供達が体験する懐かしい冒険の一時期を描きたい』と考えていた。
出典 【ピクシブ百科事典】
『ポケモン』の世界は、子供の夢見る冒険の世界である。
でも、いつか大人になり、子供の夢見る虚構の世界から卒業する。
そして、大人になった時、自分の子供時代を懐かしく思い出せるようなアニメにしたかった。
この当初構想していた最終回も、その想いが強く表れた内容となっている。
最終回プロットあらすじ(首藤氏コラムより抜粋)
ポケモンは人間に反乱をおこす。
リーダーに祭り上げられるのはピカチュウだろう。
おそらく、この番組の終盤には、ピカチュウは強力なパワーを持つポケモンに育っている。
サトシとピカチュウは友人同士のつもりである。ピカチュウはポケモンとしての自分を選ぶか? 違う生き物である人間と、友情、感情という移ろいやすいものをたよりにいままでのように共存していくのか?
サトシとピカチュウは苦悩する。
「しかし人間とポケモンは共存できるよ」
と、いいながら、いけしゃあしゃあと、その戦いをやめさせるために活躍するのがロケット団とニャースのトリオである。
なぜなら、『ポケモン』の世界で出来の悪いポケモンを押しつけられ、さまざまなポケモンと出会い、自身が意識しなくても、ポケモンについていちばんよく知っているのは実はムサシとコジロウ……そして、一度は人間になりたかったニャースなのである。
彼らはポケモンと人間の共存関係の見本になっていた。
そして、「自己存在の問い」に対しては、自分がポケモンなのか人間なのか、クローンなのか、一つの答えを見つけたミュウツーがいる。
相手がポケモンであろうと、クローンであろうと、はたまた、出会うことのなかった何かであろうと、自己存在のある限り、われわれはどんなものとも共存できる。
年月がたち、老人になったサトシは、ふと、昔を思い出す。
それは美化された少年時代の思い出。空想……、想像の生き物ポケモンたちとの冒険。友情。共存。
それは、現実の人間の世界で、サトシが出会えなかったものだっかもしれない。
しかし、少年時代のどこかに、確かにピカチュウやポケモンがいて、ムサシがいてコジロウがいてミュウツーがいて……それだけではない、サトシの少年時代の冒険で出会ったすべてが、老人になったサトシの目には見える。
サトシの耳にサトシの母親の声が聞こえる。
「さあ、早く寝なさい。あしたは旅立ちの日でしょう」
翌朝、母親に叩き起こされたサトシの姿は少年に戻っていて、元気に家を飛び出していく。
それは「ポケモン、ゲットの旅ではなく、ポケモンマスターになる旅でもなく、自分とは何かを」探し、他者との共存を目指す旅だ。
込められたメッセージ
このエピソードは『ポケモンの反乱』『自己存在への問いかけ』『他者との共存』、そして『ある種の夢落ち』&『サトシ(ひいては視聴者)の少年時代へのノスタルジー』を描いたと言える
出典 【ピクシブ百科事典】
今でもサトシが掲げている、最高のポケモントレーナーである『ポケモンマスター』はこの構想において中間点に過ぎなかった。ぶっちゃけ首藤氏としては話の主題ですらなかった。
ニャースが喋れる設定や人間を目指した設定は、「ポケモンと人間の共存」の手本がロケット団の3人であり、ニャースがポケモンと人間の架け橋となることで、自分に生きがいとやりがいを見出すものであった。
このプロットには、いつか虚構(ゲーム)の世界と別れ、現実へと回帰して自分の世界で一歩を踏み出してほしい、そしてその世界で「自己存在」と「他者との共存」を目指してほしいという首藤さんのメッセージが感じ取れる。
出典 エキサイトニュース
散りばめられた伏線
首藤氏はポケモンの放送が1年半、人気になって長くても4年といった放送スケジュールを想定のもと、最終回を構想したとのこと。
出典 【ピクシブ百科事典】
そして氏は、最終回の伏線となるエピソードを書き上げた。
その最終回への伏線を張ったエピソードとしては、『ディグダがいっぱい!』
『ニャースのあいうえお』
『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』
『劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕』
『ポケットモンスター ミュウツー!我ハココニ在リ』
『劇場版ポケットモンスター3作目の没プロット』といったエピソードに伏線を散らばせたようである。
ミュウツーの逆襲では『自己存在の意義』、爆誕では『他者との共存』、幻の三作目では『自分のいる世界』がテーマとなっていた。
これらのテーマはいずれ放送されるであろう最終回に繋がる…はずだった。
『ディグダがいっぱい!』
ディグダがダムの建設を邪魔することに困り、各地から優秀なトレーナーが招集されます
その場に居合わせたサトシ御一行もディグダ退治に参加することに
が
ポケモンはモンスターボールから出てきてくれません
シゲル曰くポケモンがディグダたちと戦いたくないとのこと
夜中にディグダたちについていくとなんとディグダとダグトリオが木を植えていたのです
ポケモンがディグダたちと戦おうとしなかったのはこのことを知っていたからなのでしょうね
このことを知った工事監督のおじさんはダムの建設はムダだったと悟り工事を中止することを決意します
なんとも心温まるストーリーであったのと同時に
ポケモンを退治しようとしていた工事監督
呼び出されたトレーナー
戦うのを嫌がったポケモン
木を植えていたディグダたちの関係が我々視聴者に何かを問いかけているように思われます
『ニャースのあいうえお』
ニャースは大金持ちに飼われている雌のニャース・マドンニャに恋をする。
出典 ポケモンきみにきめた!
しかしなかなか相手にしてもらえず、マドンニャの気を惹こうと二足歩行や人間の言葉を必死に覚え、今現在のようなニャースとなった。
出典 ポケモンきみにきめた!
改めてマドンニャにプロポーズすると人間の言葉を喋るニャースは気持ち悪いと振られてしまう
出典 ポケモンきみにきめた!
ロケット団のニャースは、人間になりたくて、人間の言葉をしゃべれるようになった、非常に変わったポケモンだ。
出典 エキサイトニュース
ムサシとコジロウともあくまで「同僚」であり「対等な仲間」だ。
彼はポケモンでありながら、人間でもある、言うなれば「境界線上のポケモン」といえる。出典 エキサイトニュース
『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』
1998年7月に公開されたアニメ映画。
今では恒例になった、一年に一度公開されているポケモン映画の記念すべき第一作。
テーマは『己の存在意義』
とある研究所で遺伝子工学を用いて新たなポケモンが造られた。
幻のポケモン“ミュウ”の遺伝子から造られたそれは“ミュウツー”と名付けられる。
人工的に造り出された自身の存在意義に疑問を抱き、自問自答を繰り返した末に身勝手な都合で自分を生み出した人類への逆襲を画策する。
この映画中にミュウツーは黒い塊を飛ばす技を頻繁に使用しているが、この攻撃に該当する技は当時ゲーム内に存在しなかった事から議論を呼んだ。
後にスマブラ等から金銀の新技「シャドーボール」と思われた…が、ビデオ版『ミュウツーの逆襲完全版』に付属している設定資料によると、上記の技は「サイコウェーブ」であると記されている。
意味深な劇場版没予告…
ポケットモンスター ミュウツーの逆襲のレア予告 - ニコニコ動画
ポケットモンスター ミュウツーの逆襲のレア予告 [アニメ] 今じゃこの内容は考えられないよなぁ
1998年公開のアニメ版ポケットモンスター映画第1弾『ミュウツーの逆襲』の予告編として公開された動画である。
出典 ニコニコ大百科
オレンジのショートヘア、黄色いワンピースに黄色いスカート。
見慣れぬキャラクターが草原を歩く不思議なPVしかしこの右の女性、どう見てもカスミである。
出典 【ピクシブ百科事典】
この動画に関しては公式なアナウンスが存在せず、正確には「カスミが成長したらしき姿の女性」でしかない。
しかし動画の最後のアナウンスがカスミ役の声優の飯塚雅弓なのでイコールであると考えられている。出典 ニコニコ大百科
カスミ以外に、『ミュウツーの逆襲』の登場人物であるボイジャーという女性と、ピンク色の髪の女の子が登場する
出典 ニコニコ大百科
この女の子に関しては詳細は不明だが、『ポケットにファンタジー』のPVにおいて登場した『じゅり』のアニメ版のキャラクターでは無いかという指摘がある。
出典 ニコニコ大百科
また、トレーナーは不明であるがピカチュウが登場する。
出典 ニコニコ大百科
今となってはカスミの存在そのものがノスタルジーと呼べる状況にあり、この僅か1分半の映像が、当時の視聴者にとって強いノスタルジーを呼び起こさせるのに一役買っている。
出典 ニコニコ大百科
ミュウツーの逆襲の予告編より
ポケモン映画恒例の嘘予告の先駆けとなってしまったので、私達の知る人物の面影を色濃く残したこの3人が一体誰なのか分からずじまいとなってしまいました
#ミュウツーの逆襲カウントダウン
#ミュウツーの逆襲EVOLUTIONカウントダウン pic.twitter.com/dUIWpvVTSu
『ミュウツー!我ハココニ在リ』
ポケモン映画第一弾となった『ミュウツーの逆襲』の続編にあたり、脚本家も映画と同じ首藤剛志が担当している。
逆襲に連なる作品として、本作では「自分と言うものの存在意義」を一つのテーマとしている。
時間の流れ的には誕生→逆襲→我ココと三部作になっているのでこの順番で見るのが一番分かりやすい。
余談だが、逆襲でミュウツー自身がコピーとして生み出された事に対して悩んでいるにも関わらず自身もコピーポケモンを生み出した事に対して、サカキは「ミュウツーも独りの寂しさには耐えられない」と推測している。
『劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕』
1999年7月に公開されたポケットモンスターのアニメ映画。ポケモン映画第二作。歴代で一番スケールがデカイ作品。
『他者との共生』『行き過ぎた個人主義の功罪』といったテーマが盛り込まれているが、子どもを意識してアクションシーンを全面的に押し出した結果、それが飲み込まれる形になってしまった。
そうしたことやルギアの声、主題歌の都合もあって脚本の担当者は後に不評を述べている。
だが、疾走感溢れるアクションシーンは素晴らしく、後味のいい作品に仕上がった。
劇場版ポケットモンスター幻の3作目
『劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 ENTEI』の前に構想されていた『幻の第三作』と呼ばれている作品がある。
『ミュウツーの逆襲』『ルギア爆誕』に続く第三作目の劇場版の内容として当時のシリーズ構成だった首藤剛志が用意していた没プロット。
それは劇場版第1作の「自己存在」、第2作の「共存」に続く「自分の生きている世界は何なのか?」というものである。
このプロットには、普段はポケモンの世界では曖昧な扱いになっている『本来の動物』『進化論』などといった存在が登場している。
いつのまにかなかった事になってました。 twitter.com/sute_iru/statu…
『幻の3作目』あらすじ(首藤氏コラムより抜粋)
ポケモンと人間しか動物のいない、いわば「ポケモン」ゲームが構築した架空の世界に、実在した中生代の恐竜ティラノサウルスの化石が発見される。
ポケモン世界の生物学会は大騒ぎになる。そして、重要なことに気がつく。
古い記録を調べれば、この世界に本物の動物がいた。だが今はいない。記録には残っているが、人間の記憶にないのだ。
記録には残っている動物が、人間たちの記憶から消えている。
そのことに疑問すら持っていない。何かこの世界の存在自体に、大きな秘密があるのではないか?
しかし、そんな余裕はない。
ティラノサウルスの化石の目の部分に青い光がともる。そして、動きだす。一直線に、どこかを目指し、進んでいく。
その進路にある、人間の世界もポケモンの野生世界もおかまいなしだ。
川も海も一直線に越えていく。
ともかく一直線だ。
邪魔になるものは、すべて、踏み倒していく。
オーキド博士は、研究所をめちゃめちゃに踏みつぶされても
「いつかこんな時が来ると思っていた。なぜ、こうなるのか分からんけれど……」としか言わない。
実は、オーキド博士にも分かってはいないのである。「いつかこんな時が来ると思っていた」以外には……。
ポケモンも人間も、本能的にティラノサウルスの化石を止めようとする。
ティラノサウルスの化石を止めなければ、自分たちのポケモンのいる世界の存在が危うくなる気がするからだ。
いつもの敵も味方もありはしない。
ともかく、テイラノサウルスの化石を止めようと懸命になる。
そして、ティラノサウルスの化石が止まり、動かなくなったその場所は……。
その答えは、書かない。
余談
「一体あれはなんだったのか」「自分達の住む世界は、一体どんな世界なんだろう」と視聴者に問題を投げかける形で幕を閉じる。
ティラノが動きを止めた場所はプロットを手掛けた首藤氏以外真実を知る者がいないため、ファンの間ではこの手の考察が後を絶たない。
出典 【ピクシブ百科事典】
例として、
『最初にティラノが発掘された場所』
『世界の果て』
『卵』
『母親の元』
『海』(ルギア爆誕の舞台である命の源)など。
出典 【ピクシブ百科事典】
「『動物とはなにか?』『人間とは何か?』、その違いと共通点を考えればさほど難しくない」と氏は語ったが難しすぎるんですがそれは…。
首藤氏はくも膜下出血のため2010年10月に世を去ってしまっており、本人から直接聞くことはできなくなってしまった。
気になる・・・
結局、幻の最終回は幻に・・・
ポケモン人気は首藤氏の予想をはるかに超えており、結局この最終回は没になった。
出典 【ピクシブ百科事典】
総監督湯山邦彦氏は、放送開始当初の人気から、アニメポケモンを10年は続けたいと考えていた(その10周年は『DP』中に達成)。
出典 【ピクシブ百科事典】
長くとも4年程度と考えていた首藤氏が、最終回に向けて用意していたエピソードも全て伏線的エピソードとならなくなった。
アニポケが話数を重ねる内に、初期に書いたエピソードがただの捨て回となってしまったためである。
首藤氏が後に振り返っているが、こうなったのは、最終回用の伏線回を早めに書きすぎたといった面も否定できない。
多くの人々がポケモンを楽しむ姿を見て「ポケモンは水戸黄門のようなものでいいんじゃないか」「自分が追い求めた御大層なテーマやエンディングは必要ないんじゃないか」と首藤氏が最終回に対してやる気が無くなっていたらしい。
出典 【ピクシブ百科事典】
そして作品の出来不出来の評価など超えて、『ポケモン』は、今や存在するだけで価値のあるアニメになった…氏はそう解釈している。
首藤氏は金銀編においてシリーズ構成を降板。
その後体調を崩したこともあり、金銀編終盤においてアニポケの脚本から降りることとなった。
2017年の劇場版にて20年越しの伏線回収・・・?
『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』とは、
アニメ ポケットモンスターの劇場版作品。2017年7月15日公開。
劇場版ポケットモンスター第20作目となる。
キミにきめた!は1話のリメイク作品でもある都合からか、一部脚本として首藤剛志の名前がクレジットされている。
今作のなかで一番闇が深いシーン。それが『ポケモンのいない世界のサトシ』。
これがなかなか衝撃的で、サトシは目を覚ますとママにせかされて学校へ向かいます。
部屋に飾ってあったはずのヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネの絵は「車の絵」に変わっています。サトシ自身もポケモンのことを覚えていません。
そしてサトシは現実世界の人間と同じように普通に学校へ向かいます。
クラスメイトとなっているマコトやソウジといつも通りでの会話をして、普通の小学生として生活をしているのです。
『ポケモンのいない世界』のサトシはポケモンという大切な友達のことを忘れてしまいました。
現実世界に生きる僕たちは一体どんな大切なことを忘れてしまっているのか?
現実世界で現実と向き合うことによって何かを失ってしまったのではないか?
そんな哲学的なことを考えさせらるシーンでした。
幻の最終回のプロットを見ると、今回の『キミにきめた!』の中にいくつかのイメージが反映されているのがわかる。
出典 エキサイトニュース
特に、「老人になったサトシ=サトシのような服装の老人・ボン」「ポケモンのいない世界=マーシャドーによりサトシの見た夢(?)の世界」の2つは顕著だ。
出典 エキサイトニュース
しかし、映画ではこれらの意味合いが反転して使われているのも面白いところだ。
出典 エキサイトニュース
現実世界においてもポケモンが「今や存在するだけで価値がある」ようになったことに関して、没最終回と首藤氏に向けられた現在のアニポケスタッフによる一種のアンサーなのかもしれない。
今作にも新しい幻ポケモン・マーシャドーが登場する
出典 エキサイトニュース
色々と謎が残る存在で、一説には「首藤剛志をイメージしたポケモン」という説まである。
アニポケ20周年のその先へ
『キミにきめた!』のラストシーンは、いつも映画の冒頭に流れる「ポケットモンスター、縮めてポケモン」から始まる「ポケモン」の存在をもう一度再確認するナレーションが流れる。
出典 エキサイトニュース
これはサトシと、それを見守る僕らの旅がこれからも続いていくことを予感させる、虚構の世界(ポケモンワールド)の希望に満ちたものだ。
出典 エキサイトニュース
ポケットモンスターは、スタートした時からは想像できないくらい長い歴史と多くのファンを持つようになった。
出典 エキサイトニュース
アニメのポケットモンスターも、もちろん首藤さんだけのものではないし、首藤さんが関わらなくなってからのポケモンアニメの歴史のほうがはるかに長いのだ。
出典 エキサイトニュース
ポケモンアニメは変わり続けてきた。これからも今の子どもたちに届くような新しい進化を続けていくだろうし、それを願っている。
出典 エキサイトニュース
首藤氏コラム
一覧
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参考リンク
ポケモンの没プロット (まぼろしのえいがとさいしゅうかい)とは【ピクシブ百科事典】
アニメ ポケットモンスター最終回の没プロット - アニヲタWiki(仮)【5/23更新】 - アットウィキ
ポケモン映画20周年記念作『キミにきめた!』に隠された、初代脚本家・首藤剛志の“幻の最終回” (2017年9月10日) - エキサイトニュース
劇場版ポケットモンスター キミにきめた! - アニヲタWiki(仮) - アットウィキ
『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』の感想レビュー!赤緑世代は楽しめたのか? | FRC
新作ポケモン映画で17年ぶりにクレジットされた首藤剛志さんとは? | FILMAGA(フィルマガ)
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ポケットモンスター ミュウツーの逆襲のレア予告 (sm4308232) [動画記事] - ニコニコ大百科
劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 - アニヲタWiki(仮) - アットウィキ